最高裁判所第三小法廷 平成5年(オ)316号 判決 1997年1月28日
上告人
野村敏
右訴訟代理人弁護士
敦賀彰一
被上告人
北形良作
右訴訟代理人弁護士
奥村回
主文
原判決中、被上告人の請求に係る部分を破棄し、第一審判決中、右請求に係る部分を取り消す。
被上告人の訴えを却下する。
被上告人の請求に係る訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理由
職権をもって調査するのに、被上告人の提起した本件新株発行不存在確認の訴えは、不適法で却下を免れないものというべきである。その理由は次のとおりである。
商法上の特別の訴えとして、同法二八〇条ノ一五以下に規定されている新株発行無効の訴えは、新株発行の日から六箇月以内にのみ(同条一項)、株主、取締役又は監査役に限り(同条二項)、会社を被告として提起することのできる形成の訴えであり、新株発行を無効とする判決は第三者に対してもその効力を有するが(同法二八〇条ノ一六において準用する一〇九条一項)、新株は将来に向かってのみその効力を失う(同法二八〇条ノ一七第一項)。商法が、このように、出訴期間及び原告適格の制限があるとともに、認容判決に対世効がある一方で遡及効はない特別の訴えを創設した趣旨は、新株発行は、会社と取引関係に立つ第三者を含めて広い範囲の法律関係に影響を及ぼす可能性があるために、新株発行に無効原因がある場合であっても、その新株発行を前提として形成されていく新たな法律関係をいつまでも覆し得ることとし、あるいは遡及して覆し得ることとするのは相当でなく、また、認容判決の効力が訴訟当事者間においてのみ相対的に生ずるとするのも相当でないことから、新株発行に伴う法律関係を早期かつ画一的に確定することにあると解される。
商法は、このように新株発行無効の訴えを創設しているが、新株発行不存在確認の訴えについては何ら規定するところがない。しかしながら、新株発行が無効であるにとどまらず、新株発行の実体が存在しないというべき場合であっても、新株発行の登記がされているなど何らかの外観があるために、新株発行の不存在を主張する者が訴訟によってその旨の確認を得る必要のある事態が生じ得ることは否定することができない。このような新株発行の不存在は、新株発行に関する瑕疵として無効原因以上のものであるともいうことができるから、新株発行の不存在についても、新株発行に無効原因がある場合と同様に、対世効のある判決をもってこれを確定する必要がある。したがって、商法の明文の規定を欠いてはいるが、新株発行無効の訴えに準じて新株発行不存在確認の訴えを肯定する余地があり、この場合、新株発行無効の訴えに対比して出訴期間、原告適格等の訴訟要件が問題となるが、この訴えは少なくとも、新株発行無効の訴えと同様に、会社を被告としてのみ提起することが許されるものと解すべきである。
これを本件について見ると、被上告人の本件新株発行不存在確認の訴えは、新株を引き受けた株主である上告人を被告として提起したもので、会社以外の者を被告とするものであることが明らかであるから、不適法であるといわなければならない。
したがって、上告理由について判断するまでもなく、原判決中被上告人の新株発行不存在確認の請求を認容した部分は既にこの点において破棄を免れず、第一審判決中右請求を棄却した部分を取り消して、被上告人の訴えを却下すべきである。
よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官可部恒雄、同千種秀夫の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
裁判官可部恒雄、同千種秀夫の補足意見は、次のとおりである。
新株発行の不存在についても、新株発行に無効原因がある場合と同様に、対世効のある判決をもってこれを確定し得ることとする必要があることは、法廷意見の説示するとおりで、商法の明文の規定を欠いてはいるが、新株発行無効の訴えに準じて新株発行不存在確認の訴えを肯定すべきであると考える。その場合、明文の規定がないにもかかわらず、新株発行無効の訴えに準じてこれを認めるのであるから、被告適格の点だけでなく、出訴期間、原告適格等の訴訟要件を始め、出訴期間経過後の措置、判決の効力等についても、可能な限り新株発行無効の訴えに準ずべきことはむしろ当然であろう。したがって、商法が法的安定性の見地から新株発行無効の訴えについて出訴期間を設けた趣旨に鑑みれば、出訴期間の制限なしに、何時までも新株発行不存在確認の訴えを独立して提起し得るものとすることには躊躇を覚える。その反面、新株発行不存在確認の訴えを必要とする実情に照らせば、右の出訴期間の経過後においても、新株発行の不存在を前提として株主権の不存在確認を求める等の別訴を提起することを妨げる理由も見出し難い。そして、そのような判決が確定したときは、登記等の新株発行の外観を除去するための方途も同時に考慮されなければなるまい。
このような問題点を考えると、新株発行無効の訴えに関する規定を何処まで類推適用すべきかについては、なお議論の余地があるが、本件においては、いずれの当事者からもこの点についての主張はなく、したがって原審も判示せず、論旨もまた特段の言及をしていないところであるから、それらについては今後の検討にまつこととし、被上告人の本件訴えについては、被告適格を欠く点において不適法であるとし、これを却下するのが相当である。
(裁判長裁判官可部恒雄 裁判官園部逸夫 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信)
上告代理人敦賀彰一の上告理由
第一点<省略>
第二点一<省略>
二 新株発行不存在確認の訴えの要件について
1 原判決に言う新株発行不存在の確認の訴については、東京高裁昭和六一年八月二一日判決判例時報一二〇八号一二三頁が参考になるが、その要件や効果に言及する最高裁判例や下級審判例は見当たらない。
しかし、右訴に関する要件については、以下の点からして、「物理的外形的にも新株発行が存在しないのと同視しうる」極めて例外的な場合に限って認められるべきである。
(1) 昭和五四年当時はもちろん、現在においても、顧問弁護士や、法務に詳しい税理士がついていないわが国の大多数の中小企業においては、株主総会や新株発行については、実質的に社内で了解をとって代表取締役や会計担当が司法書士に依頼して形式的書類を作成して登記するということで処理されていることは、わが国では常識になっており公知の事実といえる現象である。
(2) かかる現実において、法に規定のない、新株発行不存在確認なる概念を本件のごとく株主総会や取締役会の商法所定の各手続きを経ていないものや、必要な資金の会社への拠出が若干払い込み期日より先行するケースなどにも認めて(このような新株発行は決して珍しいことではないが)、このような場合にいつでも誰からでも新株発行不存在の訴えが認められるとすれば、商法が債権者保護手続き他の厳格な手続きによってのみ認めた資本減少の規定を容易に潜脱できることになり、手続きにルーズな我が国の多くの中小企業における資本金に対する会社債権者等の信頼を害することになる。
仮に二〇年の間に数度の増資を経て、資本金が当初の一〇倍にもなり事業規模も数十倍に拡大していたところで、以上の増資がすべて不存在であることが認容されたとすれば、払い込まれた資本金は二八〇条の一八第二項(無効判決と新株に対する払戻)の規定により会社は新株の株主に対し、会社の状態がよく株価が払込金額の数倍もするようなときでもその株価に相当する金額を払い戻さなければなくなり、更に二〇年の間信頼されていた商業登記簿に表示された資本金額が一気に一〇分の一になってしまうのである。
以上の事態にならないように、法は新株発行無効の訴えの制度を採用し、その訴えの提起期間を、以上のような弊害をできるだけ少なくするために、あえて、一年決算の会社が多い中を(決算があれば、決算書において増資の事実は貸借対照表や同族会社の判定に関する明細書等において容易に株主や取締役に判明する)、六か月にすることにしたのである。
(3) 新株発行不存在確認の訴えにおいては、提起期間の制限がないことから本件のように新株発行からほぼ一〇年を経過しても提訴され、場合によっては何十年も前の新株発行の不存在確認が提訴されることもありうる。
また、この訴えの被告は会社でなくともよく、本件のような取締役でさえない単なる従業員株主はもとより、従業員でさえない株主も被告になりうる。
しかして、商法第二八二条第一項は計算書類の備置義務を五年間とし、商法三六条においても、商業帳簿の保存期間を一〇年と定めており、年月がたつほどに特に会社法務の不十分な本件のごとき多くの中小企業においては立証困難になることはもちろん、会社以外のものが被告になり、しかも一般の不存在確認訴訟のように、事実の存在を主張する側に立証責任がおわされたのでは、古い新株発行ほど証拠が少なく不存在になる可能性が増大するという不都合をきたしてしまう。(本件においても、不存在を主張する側が会社であり、またその代表取締役であるのに対して、存在を主張する側は、本件第一審の初期の段階で本件乙事件新株発行後に強引に会社から追放されてしまっており、立証は会社が十分な協力をしないために必ずしも容易とはいえなかった。)
従って、新株発行不存在の概念の中に、実質的、価値的に新株発行がないと評価できる場合も含むとする以上は、立証責任は不存在を主張する側におわせるべきである(もちろん、新株発行無効確認については無効を主張する側に立証責任がおわされているのであるからこの解釈は当然ともいえるが、原判決は存在を主張するものに立証責任がおわされているかのごとくである。)
(4) 新株発行不存在確認が以上の漠然とした性格をもつとともに、資本に対する債権者の信頼や資本維持の見地から危険な側面をもつ以上、訴えに際しての訴の利益に関しては、厳格に検討されるべきである。
すなわち、新株発行無効の訴え提起期間経過後は、新株発行に関する取締役会の決議不存在の確認を求める利益はなく(東京高裁昭和三五年七月四日判決、下裁民集一一巻七号一四一九頁)、授権株数についての定款変更の株主総会不存在確認についても、右株主総会が不存在ないし無効であっても、それが新株発行の無効原因になることはあってもそれだけで新株発行不存在確認の原因にはならないのであるから、やはり右総会不存在については訴の利益はないというべきである。
とするならば、原判決は第三、一、1乃至4においてしきりに右株主総会、取締役会の不存在に論及しているが、右は不存在を認定するには不十分な分析といわなければならない。
また、訴え権者についても、本件では良作が株主としての立場で一従業員株主に対して訴えを提起しているが、良作は設立以来、少なくとも法律的には商法上の権利と義務をもつ丸友青果の代表取締役なのであり、その代表取締役が自ら株主総会や取締役会を開催したこともなく、全くそのような会社法務には無関心で全てを外志子に任せておきながら、自分の支配を確保し、敏や実を会社から追放して自分の子供たちを入れるなどのために(この目的については良作は否定するかもしれないが、結果としてそうなっていることは争いなき事実である。)株主総会、取締役会の不存在を主張するなど、信義に反するとともに、明らかに訴権の濫用というべき自己矛盾である。
以上が株主総会不存在や取締役会不存在確認と新株発行不存在確認の差異であり、後者においてはより厳格な要件のもとに訴の利益ほかの要件が吟味されなければならない。
2 その観点から本件をみるに、良作の第一審における平成二年一二月一七日付準備書面二、4、(3)の六段落目にあるように、昭和五一年新株発行後は発行株式総数の一二〇〇株中敏側が六〇〇株、良作及び徳川側が五七〇株で、三次郎が三〇株であったので、その三次郎分の一株でも外志子、誠次、実ら三次郎の子が相続すれば敏実側で過半数は確実に占めるのであり、また三次郎は遺産分割未了であるので、株主総会においては右三〇株については議決権はないのであるから、当然に敏側に役員選任のイニシアチブがあるのであり、従って、良作としては、本件新株発行不存在確認の訴えを提起した目的が会社支配の確立にあるのであれば、仮にこの新株発行不存在確認の裁判に勝訴してもその目的は達せられず(ましてや、良作は自分の一〇〇万円分の出資もしていないというのであるからその払戻を求めているのでもないことは明らかであるので)、結局それ自体では無駄な訴訟であり訴の利益はなかったものというべきである。
とすると、良作は当初から乙事件新株発行をもくろんで、甲乙両事件の抱き合わせにより自己の支配確立を謀っていたのであろうか。仮にそうだとすると、これは完全な訴権の濫用である。
三 以上のとおり、原判決は、いわゆる見せ金の認定について確立されている最高裁判例に反するとともに、新株発行不存在確認の訴の解釈適用をも誤り、右法令の違背は判決に影響を及ぼすことが明らかであるので、この点からも破棄されるべきである。